つらい避難所こそ、キャンプ場みたいな楽しめる空間に|野口健 アルピニスト③

楽しく遊ぶ子どもの声 「ひとつの村」だった熊本のテント村

災害時の避難所は、大人にとっても子どもにとっても、楽しい空間にしなければと思っています。避難所は地震で家屋が倒壊するなど、自然災害などによって自宅で暮らせなくなった人たちが、仮設住宅が確保されるまで過ごす場所です。被害の大きさによっては半年以上過ごすことになります。雨風をしのぐことができる場所というのは大前提ですが、避難してきた人たちが一定の期間、生活する場所として生活環境をどのように充実させていくかを真剣に考える時期がきていると思います。

2016年4月に熊本地震が発生し、被災地の益城町に4月下旬から5月末まで設営された「テント村」は約600人が暮らしたひとつの村でした。東日本大震災で避難所の生活環境について考えさせられた経験から、テント村では、大人も子どもも楽しめる空間を目指しました。カラフルな色のテントが設置され、昼間は子どもたちが遊ぶ声が響きわたり、一見するとキャンプ場のようでした。各テントは家族単位で使い、カセットコンロで自炊もでき、温かいものを食べることができるようになりました。「子どもの日」には鯉のぼりが飾られていました。

(野口健事務所提供:熊本県益城町のテント村)

「明日を生きよう」と感じられる場所、それこそが避難所の役割

僕がテント村でイメージしたのは、エベレストの各国の登山隊のベースキャンプです。どの登山隊も心身ともにリラックスして力を取り戻せる場所になるように工夫しています。特にヨーロッパの登山隊の過ごし方は魅力的で、食事のための大きなダイニングテントには大量の食材やワインやビールが用意され、パーティーをすることもあります。

僕の構想には、益城町のテント村に大人の気分転換の場所として、バーカウンターをつくるというものがありました。状況が整わずかないませんでしたが、日本の避難所の一つの在り方を示すものとして、格好いいテントを持ってきて格好いいバーをつくりたかったと思っています。実際にイタリアの避難所には、シェフがやってきて料理を作りますしバーテントもあります。ベースキャンプも避難所も、どんな場所も楽しい空間にするというヨーロッパの国々の発想は大航海時代から重ねてきた歴史が影響しているのかもしれません。

(野口健事務所提供)

近年は、日本の避難所も、体育館では段ボールなどで仕切りが設けられ、熊本地震の被災地で使われた段ボールベッドの寝心地はとても快適で、改善が進んでいます。ただ、まだ個人の我慢や忍耐によって運営が成り立っている部分があると思います。もし東京で災害があった場合は、代々木公園にテントをセットできるかもしれない、と話したことがあります。災害から生きのびることができたのだから、できれば、避難所は「明日を生きよう」という気持ちを次につなげていけるような空間となることが理想です。避難所の生活環境については、日本独自の基準をつくることも必要です。

④アウトドアの「プチ・ピンチ」が、生きのびる力を育てる

<プロフィル>
野口健(のぐち けん)
1973年アメリカ・ボストン生まれ。亜細亜大学国際関係学部卒業。植村直己氏の著書「青春を山に賭けて」に感銘を受けて登山を始める。1999年エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。エベレストや富士山の清掃活動を行うほか「野口健環境学校」で子どもたちの環境教育に取り組む。ネパール・サマ村の子どもたちのために学校を作るプロジェクトや2015年4月のネパール大地震、2016年4月の熊本地震でも支援活動を行う。熊本地震では、岡山県総社市などの自治体や多くのボランティアの協力を得て熊本県益城町にテント村を開設した。著書に「震災が起きた後で死なないために」 (PHP新書) など。

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