アウトドアの「プチ・ピンチ」が、生きのびる力を育てる|野口健 アルピニスト④

「いざ、その時」命を守る判断力、自然体験で身につけたい

日本は美しく豊かな自然に恵まれています。海、山、川、全国各地どこでも素晴らしい場所があるので、自然に親しむ体験をしてほしいと思います。アウトドアで自然に触れた経験は、災害時に必ず生きてきます。生命力がついて、仲間の大切さも分かります。

僕は子どもたちに自然の素晴らしさと自然環境を守る大切さを知ってもらうために環境学校を開いています。こうして子どもたちにアウトドア体験の楽しさを伝える機会が多くありますが、いざという時にパニックになって思うように行動できないケースがあり気になります。日ごろから自然と触れ合っていれば、「プチ・ピンチ」と呼ぶ小さな危険に適応していく経験が増え、いざという時に反射的に体が動くようになります。

例えば、テントの周りに溝をつくっていなければ、雨が降った時にテントの中に水が入ってきて寝袋が濡れ、寒くて眠れない夜を過ごすことになります。こうした経験があれば、次にテントを張る時にはテントの周りに必ず溝をつくるようになるでしょう。アウトドアでこうした「プチ・ピンチ」をいくつも経験していると、自分を生命の危機から守る判断が瞬間的に求められる場面で必ず生きます。そういう意味でも自然体験は大切です。

(野口健事務所提供:ヒマラヤのベースキャンプ)

「日常」のアウトドア生活が、「非日常」の災害時に生きてくる

タイで数年前に起きたサッカーチームの少年とコーチが洞窟に閉じ込められた遭難事故で、全員がダイバーの先導の下、無事に生還しました。少年全員が暗い洞窟の中でパニックにならずに行動できた背景には、日ごろのアウトドア体験が影響していると思います。娘がニュージーランドの高校に通っていますが、「アウトドア」という授業が大人気です。授業では、重装備をしてひたすら歩くなどかなりハードな内容です。自分たちでテントも張ります。学校の先生も基本は助けません。学校で自然体験を学ぶことができる授業があることは素晴らしいです。アメリカでは、キャンプがさかんです。キャンピングカーでキャンプを楽しみ、災害時にも避難所の一角にキャンピングカーが並んでいます。もともと日常生活にアウトドアが溶け込んでいて、災害時など非日常の生活でも生かすことができるのだと思います。

コロナ禍でなかなか思うように外出ができない時期が続きましたが、最初の緊急事態宣言が明けた2020年7月に雨の中、八ヶ岳の天狗岳に登りました。標高2646mの山で小学生も登ります。久しぶりに山頂に着いた時、これまで自分を覆っていた閉塞感から解放されました。こんな時期だからこそ、外に出てハイキングも楽しんでほしいです。生きのびる力は、体力と反射的に動ける身体能力、冷静な判断力、あきらめないで粘る精神力による総合的な生命力のようなものだと思います。もっと、気軽に日常生活でアウトドアを楽しむことが、自分を生命の危機から守る「生きのびる力」につながります。

※「防災ニッポンボイス」野口健さんのコラムはこれで終了します。

<プロフィル>
野口健(のぐち けん)
1973年アメリカ・ボストン生まれ。亜細亜大学国際関係学部卒業。植村直己氏の著書「青春を山に賭けて」に感銘を受けて登山を始める。1999年エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。エベレストや富士山の清掃活動を行うほか「野口健環境学校」で子どもたちの環境教育に取り組む。ネパール・サマ村の子どもたちのために学校を作るプロジェクトや2015年4月のネパール大地震、2016年4月の熊本地震でも支援活動を行う。熊本地震では、岡山県総社市などの自治体や多くのボランティアの協力を得て熊本県益城町にテント村を開設した。著書に「震災が起きた後で死なないために」 (PHP新書) など。

無断転載禁止

この記事をシェアする

オススメ記事

新着記事

公式SNS