副島直樹太陽生命保険社長「東日本大震災2日後に現地に向かった」

写真説明:副島直樹社長

「For The Team」一丸で危機に向き合う

チーム一丸となって、危機的な状況に向き合った。

営業担当の執行役員だった2011年3月11日、東日本大震災が発生。2日後の13日朝になっても、宮城県石巻市の支社とは連絡がとれなかった。支社には約80人の従業員がいる。全員の安否を確認するため、東京から車で現地に向かった。

暗闇のなか取り残されていた従業員

この日深夜に到着した同市の中心部は、まだ海水がひいていなかった。明かりもない。携帯電話の電波も届かない。ひっくり返った車も目にした。暗闇の中、腰まで水につかりながら支社に入ると、8人の従業員が取り残されていた。

翌日から2週間、仙台市を拠点に石巻市に毎日向かい、現場のトップとして支援物資を届けながら従業員の安否確認を行った。部下には、全従業員や家族の無事を祈りながら「必ず本人に直接会って確認を」と呼びかけた。

顧客を守るために従業員の力が必要

現地の従業員や家族、応援に来た社員らが一丸となって、避難所など石巻の街を歩き回った。全員の安否を確認し、残念ながら1人がなくなっていた。「会社にとって一人ひとりの力が重要で、従業員をしっかり守らなければならない。顧客を守るためにも、従業員の力が必要だ」と痛感した。

「For The Team(チームのために)」。
この言葉は、社内で反発を受けた時にも胸に刻んできた。

プロジェクトリーダーとして、複数の保険を組み合わせられる「保険組曲Best」(2008年発売)という商品を作った。最初は「システム開発にお金がかかる」「こんな商品を作ったら営業組織がだめになる」と社内の各部署からクレームを受けた。

「役員会でも了承を得たのに」と悔しい思いをしたが、繰り返しシステムや営業の担当にメリットを説明し、最後は社内一丸となって開発にこぎつけた。仲間の理解を得て、チームに貢献してもらう大切さを学んだ。

「感染症プラス入院一時金保険」も

その後も営業職員向けの端末の開発など全社的なプロジェクトをいくつも成し遂げ、「社内(各部署)の横連携がスムーズにいくようになった」と振り返る。新型コロナウイルスの感染も補償する「感染症プラス入院一時金保険」を他社に先駆けて2020年9月に発売できたのも、積み重ねがあったからだと実感している。

学生時代はギターに打ち込んだが、バンドのステージでは、自分の演奏をこなすので精いっぱい。「プロは仲間の音を聞きながら演奏する。自分にはうまくできなかった」と忸怩(じくじ)たる思いが残った。

今、「ステージの成否は、社長の自分にかかっている」。社員や顧客の声に耳を傾け、太陽生命保険というチームのために力を尽くしている。

副島直樹氏 <プロフィル> そえじま・なおき  1958年、東京都生まれ。81年、慶大商学部を卒業し太陽生命保険に入社。92~96年にロンドン駐在員事務所長を務め、現地でローリング・ストーンズのシークレットライブを鑑賞したのが思い出となっている。2019年4月から社長。エレキギターの演奏を本格的に再開しようと、最近機材をそろえ始めた。

(読売新聞 2020年11月6日掲載 経済部・小澤妃)

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