震度7を2回!熊本・益城町長西村博則氏が語る地震への備え

2016年4月の熊本地震から5年。観測史上初めて震度7を2度記録した被災地では、「前震」後に避難先から帰宅し、2度目の「本震」で亡くなるケースが相次いだ。地震の教訓を生かし、首都直下地震や南海トラフ巨大地震にどう備えればいいのか。被災地の熊本県益城(ましき)町長、西村博則氏(=写真)に聞いた。

熊本地震で町内の家屋の98%が損壊した

熊本地震の発生前、「熊本で大地震が起きる確率は低いだろう」と思っていた。益城町の地域防災計画は台風や大雨が中心。地震への備えは薄かった。本震を起こした布田川(ふたがわ)断層帯が町内にあるのに、同様に活断層が引き起こした1995年の阪神大震災の教訓を生かすことができなかった。

写真説明:震度7に2回襲われた益城町の住宅街(2016年4月17日午後1時20分)

熊本地震では町内の家屋の98%が損壊し、災害関連死を含め45人が亡くなった。災害対応の拠点となる町役場や、避難所が被災したのも大きかった。

避難所の耐震強化が重要だった

2016年4月14日の前震では指定避難所だった町総合体育館のつり天井が落ち、使用を禁じた。住民からは「なぜ避難所に入れないのか」と批判された。しかし、28時間後の本震で無数の天井が崩落した。私は現場を見て真っ青になった。住民を受け入れていたら、多くの死傷者が出ていたと思う。全国の首長に「災害時は、受け狙いのパフォーマンスやスタンドプレーは無用だ」と伝え、避難所の耐震強化の重要性を訴えている。

写真説明:2度の地震後、天井の修復作業が行われた益城町総合体育館(2016年5月3日、益城町で)

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