「策定済み」東海3県の状況は
大規模災害の際、一企業の生産停止が経済に幅広く打撃を与えることがある。不測の事態に直面しても活動をどう続けるか、あらかじめ準備することを企業も求められているが、現状は道半ばだ。
企業の事業継続計画(BCP)策定状況について、帝国データバンクが2020年5月に実施した調査では、東海3県で「策定済み」と回答した企業は16・3%にとどまり、「策定なし」との回答は40・1%に上った。
東日本大震災以後は増加傾向にあるものの、「日々の業務に手いっぱいで策定する余裕がない」「ノウハウがない」などの理由から、策定に至っていないケースが多いという。
策定してわかることもある
金属加工業「興和工業所」(名古屋市瑞穂区)は2017年度から19年度で、愛知と三重両県に計12か所ある工場ごとのBCPを策定した。工場ごとに製品や取引先が異なる上、沿岸部、河川のそばなど立地にも違いがあり、それぞれのリスクに応じたBCPが必要と判断したためだ。
この過程で盲点も見つかった。主力の合金メッキの炉は耐久性の高いセラミック製だが、地震などで都市ガスが止まると、メッキ液が固化して炉が割れるなど、事業の継続ができなくなる可能性がある。
六車壽夫社長は「災害でどのような事態が起きるのか、策定を始めるまで具体的に理解していなかった」と振り返る。今後、非常時には工場内のLPガスに転換できる技術を導入する予定という。
また、各工場で毎年、避難訓練を行い、経路や備蓄品などの見直しに現場の声を反映させている。六車社長は「従業員の関心も高まっており、少しずつ改善を重ねていきたい」と話す。
コロナ下で意識や危機感が高まる
新型コロナウイルスの影響で、企業のBCPへの意識の高まりもみられる。
「生産ラインのどこが止まっても、すぐに動かせる状況を確固にしなければならないと、コロナを受けて改めて感じた」。精密部品製造業「高砂電気工業」(名古屋市緑区)の浅井直也会長は話す。
医療や宇宙工学などの分野での特殊なバルブを生産する同社は、災害時にも供給を停滞させないよう、約20年前からBCPを策定。免震構造の新工場を建設し、在庫を手厚く確保しておくなどの対策を講じてきた。
感染症対策は想定外
しかし、コロナ下で、製品の組み立てや最終チェックを行うクリーンルームでの作業に見直しを迫られた。ちりやほこりを入れないため、濾過(ろか)した空気を循環させており、換気はできない。ひとたび感染者が発生すれば、クラスター(感染集団)となりかねないが、感染症に対応するBCPまでは策定していなかった。
同社は2か所のクリーンルームの人員を完全に分離し、休憩時間をずらすなどの指針をまとめた。片方で感染者が発生しても、もう一方は稼働を続けることができる。
写真説明:計器などが配置され「密」状態になるクリーンルームは、2か所の人員を完全に分離した(名古屋市緑区の高砂電気工業で)
浅井会長は「感染リスクをゼロにはできない以上、生産ラインを止めない方法を考え続けていくしかない」と話す。
BCP策定が必要な理由
内閣府の事業継続ガイドライン取りまとめにあたった、西川智・名古屋大減災連携研究センター教授(企業防災)は「BCPの策定を通じて会社の弱点をあぶり出せる。経営改善の一環として取り組むといい」と指摘する。最も重要なのは、非常時に会社が何を優先するのかを明確にしておくことであるとし「市場ニーズが変化し、経営方針の転換を迫られるケースもあるコロナ禍の今こそ、BCPが必要だ」と強調する。
(読売新聞 2021年5月13日掲載 編集センター・内田郁恵)