河野前統合幕僚長がワクチンを語る「国家危機にリスクを負うべきは」


新型コロナウイルスワクチンを巡る現状や課題について、2019年3月まで統合幕僚長として自衛隊制服組トップを担った河野克俊氏(=写真)に聞いた。

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「政府の対応に全体的な戦略は見えなかった」

政府の新型コロナウイルスのワクチン接種への対応には、残念ながら全体的な戦略が見えなかった。昨年(2020年)3月、東京五輪・パラリンピックの1年延期が決まり、「人類が新型コロナに打ち勝った証しとして五輪を開催する」と高らかにうたった。それならば、例えば、今年(2021年)5月末までに65歳以上の高齢者の接種を完了させる、といった目標も設定することが出来たはずだ。

目標設定があれば…

目標を決めれば、逆算して、やるべきことや期限、実現に向けた課題も洗い出せる。ワクチン接種の打ち手の拡大や、大規模接種会場の設営、薬事承認のスケジュールの前倒しなども、法改正を含め迅速な対応が可能になったのではないか。

ワクチンを確保するための製薬会社との交渉でも、五輪開催国としての責任を前面に押し出し、強気に交渉する手があったかもしれない。五輪まで3か月を切った今年(2021年)4月になっても、日本のワクチン接種率が世界100位以下だったと聞いた。何かがおかしかったと思うのが、普通だ。

菅首相がリーダーシップをとってワクチン接種の目標を打ち出し、接種が進んでいる。政府は努力しているが、接種が遅れた結果として、助かった命が数多く失われたのも現実だ。日本は欧米より死者数が少ないとも言うが、命に「多い少ない」はない。

自衛隊による大規模接種について

東京と大阪で実施されている自衛隊によるワクチンの大規模接種は、自治体による大規模接種のモデルケースとなった。自衛隊の任務は、国の平和と安定の維持であり、感染症が国家の安全保障に関わる以上、自衛隊の貢献は当然だ。

写真説明:自衛隊による新型コロナウイルスワクチンの大規模接種会場に向かう人たち=代表撮影(東京都千代田区で。2021年5月24日)

シビリアンコントロールの観点

ただ、自衛隊の活用は、シビリアンコントロール(※)の観点からも、国家安全保障会議(NSC)での決定を経てからの方が良かったのではないか。動員期間も長く、人数も大規模だ。安全保障環境も厳しい中、災害が多発する季節にも入る。日常業務への影響も考慮した上で、自衛隊をコロナ対応にあてる国家の意思を明確にした方が良かったように思う。

※シビリアンコントロール=軍事に対して政治が優先する原則を表した言葉で、日本語では「文民統制」と訳される。民主主義国家で軍の暴走を防ぐための仕組み。日本国憲法は、首相と閣僚を「文民でなければならない」と規定する。自衛隊法などは、自衛隊の最高指揮官を首相とし、防衛出動には閣議決定や国会承認などが必要と定めている。2013年発足の国家安全保障会議は、政府の外交・安全保障政策の司令塔として文民統制上の機能も持つ。

感染拡大を防ぐのは公共の福祉

国家的危機を乗り切るには、私権制限もあってしかるべきだ。感染拡大を防ぐのは結局、他人を助けるために必要な措置で、公共の福祉とも言える。現行憲法下で困難なら、憲法改正で緊急事態条項を創設し、私権制限を伴う法律を作ればいい。危機が去った後、冷静に議論した方がいいとの意見もあるが、ひしひしと危機を感じる今こそ、議論が必要だ。それは国家全体をみる政治の役割だろう。

新型コロナの感染拡大によって、世界各国で膨大な死者が出て、修羅場と化した。日本政府も危機を認識し、平時でなく、有事として臨む必要がある。

危機対応に求められること

100%の確証があるまで腕を組んで待つのは、危機対応ではない。小さなミスや誤算があっても、とにかく一歩でも二歩でも前に進みながら、その都度、問題を解決していく方がいい。国民のため、リスクを背負うのは政治だ。先手先手で、政治が号令をかけながら進んでいくべきだ。

阪神大震災や東日本大震災などの国家危機を通じて感じたのは、戦後の日本が、有事を考えることを怠った国だったということだ。「憲法9条があるから平和だ」と思考停止している。危機管理で最も重要なのは、最悪の事態を想定する想像力だ。想像力が足りないと同じ失敗を繰り返す。

太平洋戦争における日本軍の問題点を研究した名著「失敗の本質」(中央公論新社)では、「不明確な目標」「戦力の逐次投入」「根拠なき楽観主義」を失敗の要因に挙げた。こうした観点からも、今回の政府のコロナ対応を検証する必要があるだろう。

河野克俊氏<プロフィル>海上幕僚長を経て、2014年10月から2019年3月まで自衛隊制服組トップの統合幕僚長。2003年には海上自衛隊第3護衛隊群司令として、テロ対策特別措置法に基づくインド洋での給油活動を指揮した。防衛大卒。

(読売新聞 2021年7月3日掲載 政治部・前田毅郎)

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