東日本大震災から10年 ~復興を支え、教訓を引き継ぎ、未来に繋ぐ~

現場で刻んだ記憶を次の10年へ

被災地の最前線、それは経験したことのない規模の現場でした。街の景色を変えてしまった東日本大震災から10年、建設業の体験、刻んだ記憶を確認するシンポジウムが2月24日、東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦教授を迎えて、オンラインで開かれました。

<基調講演>
「東日本大震災の経験と教訓− 次世代に繋げるために」

東北大学教授、
東北大学災害科学国際研究所所長
今村 文彦 氏

教訓で救える命がある

これまでも東北地方で大地震は何回もありましたが、三陸より南に大きな津波被害をもたらしたのは初めてでした。東日本大震災の津波は、仙台市では海岸から約5㌔も内陸へ押し寄せ、北上川を遡った距離は50㌔ほどもありました。死者は阪神・淡路の地震をはるかに上回りました。

事前の備えもありましたが、「今までに経験のない」「想定よりはるかに大きい」災害が起こりました。想像を超える事態に対して判断力と対応力を上げていくことは、防災の大きなテーマです。まずは、過去の経験と教訓を未来へ伝承していくことが大事です。ここから学べるのは「備えることで助かる命はある」ということです。

例えば岩手県の田老村(現宮古市田老地区)では、明治の三陸地震で死亡率が83%でしたが、昭和の三陸沖地震では33%、そして東日本大震災では4%でした。ゼロにはできませんでしたが、伝承から学べる効果は確実にあるということを、この数値からまず知っていただきたい。仙台市でも津波で海水が平野を押し進んできた時、高さ6㍍の東部道路が浸水を食い止めました。道路の上に避難した300人以上が助かりました。

こうした事実を伝える場所を案内できるように2年前「3・11伝承ロード推進機構」が発足しました。被災地約200か所で伝承する試みです。3・11は、「追悼と鎮魂」に加え、「防災教育と災害伝承」の日にしたいと考えています。被災を知恵に、そしてノウハウを産業にして、被災地は国内外に発信していく活動を展開しています。

<トークセッション>
「被災地の10年、復興作業と建設業界10年の歩み」

株式会社武山興業 代表取締役会長、
一般社団法人宮城県建設業協会 専務理事
武山 德蔵 氏

ラジオ福島
アナウンサー
深野 健司 氏

再生と進化を担う建設業

深野 これまで様々な困難に直面した東北地方の建設業界の取り組みや課題について、武山さんから話をお聴きしたいと思います。当時を振り返っていかがですか。

武山 被災直後はまず何をすべきか分かりませんでした。資機材も食べ物も、燃料もなく途方に暮れました。そんな我々に対し、役所から「3日以内に堤防と道路を復旧し、自衛隊・警察・消防が被災地に入れるようにしてください」という任務が与えられました。業界では一丸となって、被災の初期段階の作業に打ち込んだと記憶しています。

深野 最初に現場に入った第一発見者だった、と言っても過言ではないですね。

武山 そこには悲惨な現場が広がっていました。子どもも年寄りも亡くなっていました。「これまで築き上げたインフラは役に立たなかったのか」というつらさがこみ上げてくる中での作業でした。

深野 私も11日~12日と生放送を担当し、12日午後に福島・南相馬市を取材しましたが、既に道路は確保されていました。いち早く建設業界が作業に入っていたのかもしれません。

武山 地元の建設業者が持ち場で作業をされたのでしょう。私の会社でも自らの家族の捜索に向かわず、使命感から真っ先に被災地の復旧作業をした社員もいました。今思うと申し訳なかったです。被災で傷ついた気持ちを癒やせずに退職した社員もいました。他方で私たちの活動を見て、若い社員が3~4人入社してくれました。

深野 余震も依然として続いています。これからの建設業者は何をしていかねばならないですか。

武山 災害は必ず起こります。だから建設業を担う若い人たちが必要です。建設業だけではなく、防災に関わる役所の人たちなど、共に働いてくれる若い人たちが、将来の災害に備えて育ってくれることを願っています。

深野 建設業界でも高齢化が進んでいるのでしょうか。

武山 そうです。若い人たちに、建設業界の果たす役割を理解していただき、関心をもってもらいたいと思っています。

深野 10年が過ぎました。

武山 振り返ると私たちの力の源は、発注者や地域の人に「よくやった」と褒められることでした。震災直後の荒涼とした現場で作業をしていると、地域のおばさんが飲み物を持ってきてねぎらってくれることがありました。全国各地から色々な支援をいただきました。現場の最前線で記者たちが耳を傾けてくれました。こうした出来事は決して忘れません。今後はいただいた思いを返していきたいです。

深野 建設業の方々が災害の最前線で汗を流してきたことを、まずは知っていただきたいと思います。武山さん、本日はありがとうございました。

 

<読売新聞 Digital Story>
写真記者が見つめた被災地の姿を後世へ

読売新聞東京本社 編集局写真部 次長
清水 健司

読売新聞東京本社 編集局写真部 主任
松本 剛

私たち読売新聞写真部では、震災発生直後から多くの部員が車などで東北沿岸各地に入り、取材を始めたほか、上空からも取材用の小型ジェット機やヘリコプターで撮影をしました。

以来、未曽有の災害から復興へ歩む被災地の姿を記録してきました。この10年間の軌跡をわかりやすく見ていただくため、フォトムービーとしてまとめ、約30本を作成しました。ご覧ください。今後も取材を継続し、伝え続けます。

「定点写真でたどる 10年」
読売新聞オンラインでは、定点写真をフォトムービーとして公開しています。

岩手県
陸前高田市
https://www.yomiuri.co.jp/s/ims/fprikuzentakata1/

宮城県
女川町
https://www.yomiuri.co.jp/s/ims/fponagawa/

福島県
大熊町
https://www.yomiuri.co.jp/s/ims/fpookuma/

主催:読売新聞社、日刊建設工業新聞社 後援:国土交通省、復興庁
協賛:株式会社radiko

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