孤立50時間 「備え」生きた 熊本豪雨・八代の夫婦

九州豪雨で甚大な被害が出た熊本県南部では、多くの集落が孤立した。県によると、大雨特別警報が出た2020年7月4日以降、土砂崩れによる道路の寸断などで約150集落が孤立した。一方で、ライフライン(生活物資補給路)が途絶える中でも、日頃の備えによる「自助」で50時間を超える孤立生活を乗り切った人たちがいた。

目覚めたら避難できない状況に

球磨川流域の八代市坂本町にある木々子(きぎす)集落。山間部のすり鉢状の地形に24世帯が暮らし、本田忠義さん(75)、泰代さん(66)夫婦もこの集落で生まれ育った。

 

大雨特別警報が出た4日、集落内では崖崩れが起き、球磨川沿いの幹線道路へ向かう道を土砂が覆った。2人暮らしの本田さん夫婦が4日午前5時半頃に目覚めて外を見ると、すでに自宅近くの道路脇の川が急激に増水していた。それまでに防災行政無線による呼びかけなどは聞こえず、避難できる状態ではなかった。自宅は停電し、蛇口から出る水の水圧も落ち始めた。だが、2人には「備え」があり、落ち着いていた。

 

この集落では1964年の大雨で、5軒の民家が土砂で埋まった。翌65年7月には約1万4000戸が被害を受けた「球磨川水害」が発生。2人のそれぞれの自宅に被害はなかったが、「災害の怖さを目の当たりにし、『備えが必要だ』と強く感じた」と口をそろえる。

 

77年に結婚後、本田さん方の玄関には家族分の非常用持ち出しバッグが置かれた。中にはタオルや下着、ラジオ、水、缶詰などの食料を入れた。タオルは、「ぬれると、体温を奪われる」との体験を生かした。食料は賞味期限を定期的に確認し、期限切れ前に入れ替えた。

 

4日早朝に孤立生活が始まった時、自宅には非常時用の2ℓの水のペットボトルが10本あった。泰代さんは停電の中、ガスコンロを使って冷蔵庫にあった卵や大根、こんにゃくなどでおでんを作り、食品が傷む前に日持ちするよう調理した。庭にあった一斗缶を雨どいの下に移し、トイレ用の水に利用した。

 

残った野菜などの食料は、同じ集落の谷口まゆみさん(70)に届けた。谷口さんは「水は確保できたが、食料の備蓄はほとんどなかったので助かった」と感謝する。

 

孤立から3日目。6日昼頃、消防隊が集落に入り、本田さん夫婦は非常用持ち出しバッグを手に救出された。夫婦ともに健康状態に問題はなかった。

写真説明=非常用持ち出しバッグ(手前)を持って避難した本田忠義さん、泰代さん夫婦(熊本県八代市の市総合体育館で)

本田さん夫婦は、避難所になった八代市総合体育館に身を寄せる。2人は「いつ、どこで災害が起きてもおかしくないと備えてきた。孤立生活は不安だったが、慌てずに救助を待つことができた」と話した。

備蓄「10日分を目安に」

豪雨災害への備えとして、九州大の杉本めぐみ准教授(防災教育)は、非常食や水などは10日分程度の備蓄を提唱する。非常食などを入れた非常袋や貴重品は2階以上か、高さのある物の上に置いておくと良いという。

 

マンションではトイレが逆流して使えなくなることが多いため、家族の人数に応じた携帯トイレを用意しておくことが望ましい。断水に備え、ベランダに置いたバケツに雨水をためておけば、汚物を流すなどの生活用水として活用できる。

 

新型コロナウイルスの感染防止のため、避難所に行く際は、アルコール消毒液や体温計のほか、紙コップや箸、スプーンなどを持参する。床から舞い上がる飛沫(ひまつ)を防ぐため、レジャーシートも有効だ。

 

杉本准教授は「各家庭の環境に応じて何が必要か、日頃から考えておくことが重要だ」と話している。

 

(読売新聞 2020年7月13日掲載 熊本支局・鶴結城)

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