「晴れの国」の災害史(2)土砂崩れ (連載)

花こう岩地盤はもろい

死者・行方不明者が全国で98人に上った2004年10月の台風23号。岡山県玉野市宇野でも20日に土砂災害が起き、山裾にあった住宅7戸が土砂に埋まって、住人5人が犠牲になった。

 

発生時刻は午後3時過ぎ。周囲は明るい時間帯だが、一瞬の出来事に住人は身を守ることができなかった。現場近くに住む女性(86)は「突然のことだった。車がぶつかるような『ドーン』という音が聞こえたので外に出ると、住宅が大きな岩に押しつぶされていた」と振り返る。

 

現場は玉野市役所からわずか約800mの住宅地。県が定める土砂災害警戒区域には当時指定されていなかった。その上、市が避難勧告を出したのは発生から約50分後で、対応は後手に回った。

写真説明:土砂にのみ込まれた住宅(2004年10月21日、岡山県玉野市で)

なぜ土砂災害が起きたのか。

 

まず挙げられるのは記録的な降雨量だ。玉野市の年間降水量は1000ミリ前後だが、台風が接近した19、20日だけで約250ミリに達していた。

 

さらに表層崩壊も要因とされる。災害後に調査した鈴木茂之・岡山大名誉教授(地質学)によると、現場の地盤は花こう岩で、谷筋を中心に斜面の表土が崩れ落ちていた。表土は花こう岩が風化して砂状になった「まさ土(ど)」で、滑りやすい状態だったという。

県内で、こうした花こう岩からなる地盤は、中国山地の北部と、瀬戸内海沿岸の南部で主に広がっている。瀬戸内海の島にも多く、県中央部の吉備高原は火山岩類などが点在している。花こう岩の地盤を巡っては、2018年の西日本豪雨で広島県熊野町などで土砂災害が起きた。

玉野市宇野の現場には災害後、流れ出る土砂を受け止める砂防えん堤が整備された。土砂災害警戒区域に指定されたが、災害から15年が過ぎ、住民たちによる自主防災組織の活動は停滞気味だという。

 

住民男性の一人は「活動の中心だった人が転居したり、亡くなったりして、活動が止まっている」と打ち明けた。

 

自主防災組織の活動を支援する県危機管理課の担当者は「専門家を派遣したり、防災知識や実践的な活動を学ぶリーダー向けの講座を開いたりするなどして、活動を活性化できる人を養成していきたい」と話した。

 

(読売新聞 2020年8月19日掲載)

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