風水害 逃げる(4)正常性バイアスに用心(連載)


風水害の危険が迫り、避難情報が出ても、すぐに避難せずに命を落とす人は少なくない。なぜなのか。

「人の心は、異常を感じても『大したことはない』『自分は大丈夫』と、ある程度までは考える癖や、周囲と異なる行動を取りたがらない傾向がある」。兵庫県立大教授(防災心理学)の木村玲欧(れお)さんは説明する。災害時に危機を楽観的に捉えたり、不安を感じても周囲に合わせたりして逃げ遅れにつながるという。

異常を正常と受け止める心理作用は「正常性バイアス」と呼ばれる。物音や環境変化など、何かが起こる度に反応していては疲れてしまいかねず、心の平安を保つための防御機能と言える。一方、周囲に行動を合わせるのは「同調性バイアス」。集団生活を営むために有効で、日本人はこの傾向が強いとの指摘がある。いずれも平常時は必要だが、非常時には危機意識を鈍らせる。

東京女子大名誉教授(災害・リスク心理学)の広瀬弘忠さんの実験では、被験者が1人でいる部屋に軽い刺激臭のある白煙をゆっくりと吹き込むと、7割は煙が充満しても室内にとどまった。「体に良い煙だと思った」と都合の良い解釈をした人もいた。また、部屋にいる10人のうち1人にだけ実験と知らせず、非常ベルや消防車のサイレン音を鳴らして室内に煙を入れたところ、他の9人が動かなければ、逃げようとしなかった。

バイアスを打破するにはどうすべきか。木村さんは、大雨や暴風などの警報が出たら、まだ風雨が強くなくとも、意識的に心の警戒レベルを引き上げ、危険度が格段に高まったと受け止めることが必要だと強調する。いわば、「心のスイッチ」を日常から非日常に切り替えるのだ。

その上で、取るべき行動を事前に決めておく「行動のパッケージ化」を提案する。例えば、スマートフォンのプッシュ通知で警報が届いたら、〈1〉テレビなどでも情報収集する〈2〉ハザードマップを見直す〈3〉非常用持ち出し袋を確認する――などとルールを作っておく。

◆バイアス打破3か条
▽「心のスイッチ」を日常から非日常に
▽取るべき行動をルール化する
▽思い込みを疑う

風雨の程度にかかわらず行動することで、判断に迷って時間を無駄にしたり、周囲の意見に流されたりするリスクを低減できる。空振りに終わっても、「良い危機管理ができたとプラスに考えることが重要」とする。

バイアスは無意識に働くため、自分で気づくことは難しい。木村さんは「誰にでも生じうることだと理解し、『バイアスがかかっているのでは』と自問する習慣を付けることも大切だ」と話す。

◆「率先避難者」育成も有効
正常性バイアスに陥らないためには、地域で周囲に避難を呼びかけながら、真っ先に自らが逃げる「率先避難者」の育成も有効とされる。危機感の薄い人でも、他人が逃げる姿を見たり、知人から促されたりすると避難行動を起こしやすいためだ。

山口県は昨年度、自治会ごとに避難を呼びかけるリーダーの育成と、10人規模の班作りを始めた。非常時はリーダーらが緊急連絡網で情報を伝え、班員が助け合って避難所へ向かう。三重県尾鷲市は、自主防災会の会長に「率先避難者」と記したベストとハンドマイクを配り、年2回の訓練で避難手順を確認している。

 

(読売新聞 2020年5月16日掲載 「風水害・逃げる」おわり 生活部・崎長敬志、及川昭夫、福島憲佑、梶彩夏、生活教育部・児玉圭太が担当しました)

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