被災地に海から!連絡船からできた国内初の民間災害医療船いぶきルポ

政府の動き以外では

船舶の活用では、政府だけでなく、民間の検討も進む。2018年11月には、有識者や船会社が集まり、民間船活用に向けた専門委員会を設立。災害時の活用手順をまとめた指針作りを進める。設立を主導した神戸大の井上欣三・名誉教授は、阪神大震災の経験をもとに、「過去の教訓を生かし、より多くの命を救えるようにしたい」と話す。

阪神大震災では旅客船が神戸―大阪間を臨時運航し、患者を搬送したが、受け入れ病院がなかなか見つからないケースもあった。専門委は▽民間船の調達▽負傷者らの治療・移送▽避難所としての機能――などの手順をマニュアル化し、自治体や海運業者らと共有するという。

神戸大大学院の小谷穣治教授(災害医学)は「被害が広域に及ぶ場合、現地で医療体制を展開できる災害医療船は心強い。公的な病院船導入が困難であれば、民間の力を最大限活用することが重要」と指摘している。

記者の視点

兵庫県で生まれ育った私は、震災後生まれの「震災を知らない世代」だ。それでも被災者や遺族の話を聞く機会は幾度もあり、阪神大震災は幼い頃から身近な存在だった。

中でも頭から離れないのは、崩れ、横倒しになった阪神高速道路の姿だ。災害による「陸路の寸断」を強烈に印象づけるものだった。

船を活用すれば、被災地の医療を補う重要な存在になるはずだ。しかし、政府の議論はコストや要員確保が障壁になり、簡単には進まない。

今回取材した災害医療船では、民間ならではの工夫でそうした課題を乗り越えていた。新品だと数億円かかるとされる規模の船を約780万円で購入し、建造費を圧縮。支援者からのインターネット募金を駆使し、改装費や運営費にも充てた。

要員も、全国に「登録派遣隊員」として看護師ら約80人が控え、常時待機する医師2人を中心に、災害時には10人態勢の医療チームを作る。

医療面だけでない。被災地での活動拠点としても船は有効だ。

東日本大震災では、被災地に入ったPWJのスタッフが車中で寝泊まりすることもあった。船を宿泊施設としても利用できれば、スタッフのストレス軽減につながるだろう。西日本豪雨などでは、派遣された自衛隊の艦艇が浴室を開放し、被災者に貴重な「日常」を提供した。

いぶきは2021年9月末から、外務省から資金提供を受け、太平洋の島嶼(とうしょ)国パラオで巡回検診を行う。災害以外の活用にも道をひらきつつある。

地震や豪雨災害で毎年、多くの命が奪われている。取材を通じ、助かるはずの命を一人でも多く救おうという「船」の可能性を強く感じた。

(読売新聞 2021年9月11日掲載 高松総局・林信登)

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