大規模地震であっても、自宅が大きな損傷を受けなければ、在宅避難が選択肢になる。首都直下地震などでは避難所の不足が予想される上、新型コロナウイルス対策で3密を防ぐ必要もある。ただ、電気や水道、ガスなどが寸断されれば、在宅生活は困難を極める。架空のシナリオで、心構えと備えを考えたい。
[シナリオ1] 電気・水道・ガス寸断…1日目
交差点の信号は消え、辺りの住宅の照明も落ちている。大きな揺れが収まり、太郎(36)と妻の花子(33)が自宅マンションから外に出ると、夕暮れ時の街は停電していた。
余震を恐れて近くの公園に行くと住民が集まっている。まもなく日没。避難所に向かおうとも思ったが、「家にいよう」と花子。新型コロナウイルスの感染が怖いという。
幸い、マンションの建物に大きな損傷はなく、住めそうだ。だが、居室で懐中電灯を探して台所に行ってみたが、水は出ない。電気、水道、ガスといったライフラインはすべてやられていた。
被害状況について情報収集したいが、テレビは揺れで飛ばされ、壊れている。スマートフォンの通信状況も悪かった。「やはり避難所に行った方がいいのか」。不安の中、眠りに就いた。
[シナリオ2] 食事はどうする?…2日目
翌日の朝も、停電や断水は続いていた。花子が電池式のラジオがあったことを思い出し、スイッチを入れて聞いてみる。「復旧まで時間がかかるみたいよ」
状況は厳しいが、情報が入ったことで気持ちが落ち着くと、おなかがすいてきた。「昨日の夜から何も食べていなかったね」と言うと、花子もうなずいた。
だが、災害に備えて特別に備蓄しているものはない。太郎は慌てて、開いているスーパーやコンビニに行ってみたが、棚に残った食品は少なかった。お菓子類を買って自宅に戻る。
冷蔵庫に残る食材も、停電ですぐにダメになりそうだ。ジャガイモなど常温で保存できるものもあるが、どう効率よく食べていくか。「災害食のことを勉強しておくべきだった」と花子がつぶやく。
[シナリオ3] トイレが使えない…3日目
想定していなかったのが、トイレの問題だ。用を足した後は、浴槽の残り湯で流していたが、3日目になって、管理組合から排水管が損傷していないか確認できるまで、トイレは使わないよう要請があったのだ。「携帯トイレを買っておけばよかった」。太郎は嘆くが、後の祭りだ。
とりあえず、避難所に急いで向かい、仮設トイレを使わせてもらった。だが、トイレの度に避難所に行くのは現実的ではない。
避難所内のホワイトボードには、生活支援情報が貼られており、停電状況やゴミ収集の見通しなどもある程度わかる。「やっぱり避難所に移ろうか」。花子に相談したが、それでも新型コロナが心配で、家の方がいいという。
「在宅避難を続けていては、とても体が持ちそうにない」。太郎は途方に暮れた。
水道・ガス 復旧に時間
大規模な地震の発生時、自宅から避難しなかった人は、一定数いる。
2016年4月の熊本地震について、熊本市が市民約2400人に調査したところ、最大震度7を記録した前震(14日)と、同じく震度7の本震(16日)を経て、「避難しなかった・できなかった」と回答した人は25・9%。理由で最も多かったのは、「自宅は強度があって安全だと思ったから」で68・9%だった。
ただ、電気や水道、ガスといったライフラインが途絶えると、復旧には時間を要する。岐阜大の能島暢呂(のぶおと)教授(地震工学)のまとめでは、2011年の東日本大震災で、電気、水道、都市ガスが9割以上復旧したのはそれぞれ、6日目、24日目、35日目だった。
国の中央防災会議は、首都直下地震が発生した場合、電気と上下水道の復旧に約1か月、ガスは約6週間かかると予測している。
→ライフライン
停電時に備え、懐中電灯以外にも、長時間使える「LEDランタン」などを用意したい。スマートフォンのモバイルバッテリーも必要だ。さらに小型の蓄電池があると心強い。
調理用には卓上カセットコンロが便利だ。ガスボンベも十分な数をそろえる。水はペットボトルの飲料水だけでなく、生活用水も用意しておく。ポリタンクに水道水を入れておき、定期的に取り換えたい。
→情報収集
被災状況などの情報を得るため、携帯ラジオを常備したい。手回し充電式なら、電池切れの心配もない。
避難所は給水や食料配布などの情報発信の拠点ともなる。自宅で生活を続けていても定期的に通いたい。多くの自治体がツイッターやLINEといったSNSの公式アカウントなどで情報を発信する。日頃からフォローなどする。コミュニティーFMの周波数も調べておく。
→トイレ
水や食料の確保が優先され、後回しになりがちなのがトイレやゴミなどの衛生面だ。生活の質に大きく関わるだけに備えは怠れない。
携帯トイレを準備しておきたい。ポリ袋に排せつしてシートで吸水したり、凝固剤で固めたりするタイプがある。
被害状況によっては、ゴミ収集が長期にわたって滞る恐れもある。臭いなどによる影響が出ないよう、管理する必要がある。
→災害食
飲料水や卓上カセットコンロを準備していれば、水道やガスがストップしても、普段に近い食事を取ることができる。
台所などにある食材を有効活用したい。冷蔵庫にあるものは停電すれば傷みやすくなるため、早めに使う。ジャガイモなど常温保存のものや缶詰、レトルト食品などは後から使った方がいい。心に余裕がなくなりがちだが、可能な限り栄養バランスにも留意する。
災害時の調理 ポリ袋活躍
ポリ袋を使う調理法が、災害時に役立つとして注目されている。材料を入れて混ぜるだけでなく、加熱調理にも使える。
加熱調理する際は、材料を入れてポリ袋の口を結び、水を入れた鍋で袋ごと煮る。ポリ袋は、「湯せん可」などと書かれた高密度ポリエチレン製を選ぶ。0・025ミリ以上の厚手のものを使うか、2枚重ねにすれば、より安心だ。
写真説明:ポリ袋の厚さなどは表示で確認する=画像は一部修整しています
メリットは、鍋の水が汚れず、次の調理に再利用できる点。同じ鍋でご飯の袋やおかずの袋などを一緒に煮れば、カセットコンロなどのガスの節約にもなる。袋ごと皿に盛れば、洗い物も減らせる。
材料を切る際に、包丁の代わりにキッチンばさみを使うと、まな板を洗う必要もない。
東京ガスは、ポリ袋を使ったレシピを、ホームページで公開。広報部の池永美幸さんは「今ある食材でどう作れるか、災害が起きる前にぜひ試し、実際に味わってほしい」と勧める。
東京ガスに、ポリ袋を使ったご飯とおかず3品の作り方を教わった。
写真説明:ポリ袋で調理した4品。マーボー高野豆腐をご飯にかければ、マーボー高野豆腐丼(手前)になる。コーンのチーズオムレツ(左奥)やピーマンのナメタケあえが彩りを添える
<加熱調理>
袋に材料を入れて空気を抜きながらねじり上げ、口を結ぶ。水を3分の1ほど入れた鍋で蓋をして袋ごと煮る。鍋底には皿を敷き、鍋の側面にも触れないようにする。
■ご飯
【材料】米1合、水200cc
【作り方】ポリ袋に米と水を入れる(=写真)
袋の空気を抜きながらねじり上げ、口を結ぶ(=写真)。
鍋に袋を入れて沸騰したら中火に。20分煮たら火を止め、10分蒸らす。
■マーボー高野豆腐
【材料=3人分】一口高野豆腐(小)18個、水200cc、レトルトマーボー豆腐のもと1袋(3人分用)
【作り方】鍋に袋を入れて沸騰したら中火にし、15分加熱する。
写真説明:ご飯の袋とマーボー高野豆腐の袋を一緒に煮る
■コーンのチーズオムレツ
【材料=1人分】卵2個、タマネギ(みじん切り)、ホールコーン(缶)、粉チーズ各大さじ2杯、ホールコーンの缶汁大さじ1杯、オリーブ油小さじ2杯、塩、コショウ各少々
【作り方】袋に卵を割り入れ(=写真)、外からよくもんでほぐす。
残りの材料を入れ、もむように混ぜる。鍋に入れて沸騰したら中火にし、7分加熱する。
<加熱しない料理>
■ピーマンのナメタケあえ
【材料=2人分】ピーマン3個、ナメタケ(瓶詰)大さじ2杯、煎り白ゴマ大さじ1杯
【作り方】ピーマンのヘタをキッチンばさみで切り落とし、種を取って縦半分に切る。食べやすい大きさに切りながら袋に入れる(=写真)。
その他の材料を入れ、外から混ぜる。
(読売新聞 2020年9月13日掲載 「防災ニッポン 地震・在宅避難」 生活部・崎長敬志、福島憲佑、梶彩夏、生活教育部・児玉圭太が担当しました)
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